東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1451号 判決
被控訴人は、本件定期預金契約には、「この証書諸届その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき、偽造変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当金庫は責任を負いません。」との免責約款が存するところ、前示貸付契約締結にあたって被控訴人としては相当注意をもって右印影の照合を行った旨を主張し、かつ、債権準占有者に対する弁済に準じて本件相殺をもって控訴人に対抗できる旨主張するが、(一)≪証拠≫によれば、控訴人は昭和五二年四月二〇日過ぎころ、本件定期預金証書を預けておいた訴外平岩が倒産したということを耳にして預金のことが心配になり、被控訴人の関町支店に電話で問い合せたところ、同支店係員から本件定期預金はそのままになっている旨の回答を得て一たんは安心したが、控訴人が親しくしている銀行員から確認した方がよいといわれ、右の翌日また右関町支店貸付係員に電話で確認したところ、是非お話をしたいことがあるということなので、右銀行員と同道して右貸付係員に会ったところ、同支店の支店長室に案内され、田村支店長から、本件定期預金が担保に供されて控訴人が被控訴人より貸付を受けていることになっていることを聞かされて驚き、その場で同支店長からその関係書類を見せてもらったという事実が認められ、この認定を動かすべき証拠は存しないこと、(二)≪証拠≫によれば、被控訴人主張の手形貸付金債権はその弁済期を昭和五一年一一月三〇日と定められたものであることが認められるところ、≪証拠≫によれば、右債権担保のため右貸付契約日たる昭和五一年八月一八日付で控訴人名義をもって作成された本件定期預金債権に質権を設定する旨の担保差入証書に対する公証人の確定日附が昭和五二年四月二六日になってなされている事実が認められること、(三)被控訴人が昭和五二年五月二七日控訴人に対し本件相殺の意思表示をする前に被控訴人からその主張の貸付金債権につき催告その他何らかの連絡がとられた事実を認めるべき証拠は見当らず、≪証拠≫に徴すれば、右催告その他の連絡は一切なされなかったことが推認できること、以上(一)ないし(三)の事実関係から考えれば、被控訴人としては、その主張の貸付契約及び担保設定契約当時にはこれが控訴人との間に成立したものと誤認していたが、その主張の相殺権行使の時点においては右契約がいずれも控訴人の意思に基づかないものであることを知るに至っていたものと認めることができるから、被控訴人が主張する本件定期預金契約上の免責約款の効力及び印影照合に関する被控訴人の過失の有無について判断するまでもなく、被控訴人主張の相殺による本件定期預金債権消滅の成否に関し、民法四七八条を類推適用して債権準占有者に対する弁済を考慮する余地はないものといわなければならない。
(安倍 長久保 加藤)